ブログトップ | ログイン

寺泊 養泉寺

養泉寺は文禄3(1594)年、信濃国(長野県)水内郡長沼村の歓喜踊躍山浄興寺の僧浄明が開いたお寺です。宗派は真宗大谷派。山号は光澤山。「つやさん」と読みます。


by yosenji
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

年頭(平成31年) レポート

d0266465_11132582.jpg

1月5日(土)。
養泉寺の年頭が勤まり、15名程のお参りの皆さんと共に、正信偈の唱和、一時間の法話、お斎と過ごしました。

正信偈のお勤めの後、私と住職とで30分ずつのお話をしました。
私は新年の挨拶、そして時代の変化について、昨年一番印象に残った事件の話から、改めて住職(副住職)という言葉の意味とその立場について思うことを話しました。

また、年末に妹が病になったこと、奇跡とは当たり前のように思える今であると実感したことを話しました。
妹の病気については文章にするととても長くなるので、妹のツイッターやブログを見ていただけると嬉しいです。


そして、隣の聖徳寺さまの掲示板の言葉、「人寿儚し 春の夜の夢のごとし」を紹介し、”寿命”という言葉があるが、それはいのちの長さではなくいのちの事実だと思う事を話しました(当院法話の写真は撮り忘れてしまいました)。

d0266465_11134189.jpg
d0266465_11134950.jpg

住職は、皆さんからよく聞かれる老僧と祖母の様子について、新年の挨拶の後、現況報告させていただきました。
それぞれ違う施設で過ごしながら、頑張っているところです。

そして、神社への初詣のお参りとお寺への年頭のお参りとの違いについて、お話しました。
これはどちらがいいとか悪いとかという話ではありません。
真宗門徒の生活は、願い事が間に合わないいのちを生きていること、そのことに目覚めていく生活であることを力強く示していました。

一年のはじめから一時間も話を聞くということ、それもお金になるわけでもないし、何か得するわけでもない。
”聞く”ということは正直私も得意ではない、と住職は言っていました。
私も全く同感です。

しかし、養泉寺では法話を欠かすことはありません。
それは私たちも含め、聞かなければならない存在だからです。
話しながら聞き、聞きながら話し、その時間を皆さんと共有していくということが養泉寺の主軸であると、改めて確認しました。

d0266465_11135835.jpg
d0266465_11140680.jpg

法話の後、庫裏に移動してお斎をいただきました。
飲める方はいらっしゃいませんでしたが、お茶で乾杯し、正月らしい豪華なお斎をいただきました。

新年早々お勝手のお手伝いに来て下さったご近所の皆さん(3名)には感謝いたします。
また、妻や母も大変ご苦労様でした。
最高に美味しいお斎でした。

お一人お一人に注ぎに回りながら、孫さんの話、体調の話、お酒の話などなど、皆の様子をお聞きしました。
それぞれ名前も年も住む場所も違いますが、ご苦労されていることだけは一緒だなぁと感じました。

子どもたちも今日から保育園生活再会です。
お正月気分も大体なくなり、またいつもの日常に戻っていきます。

今年最初の養泉寺の行事が終わりました。
これからまたいろいろと行事もありますので、是非とも気軽にお参り、ご参加いただきたいです。
よろしくお願いいたします!!

by yosenji | 2019-01-07 17:00 | 養泉寺の雰囲気を知る | Comments(0)