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寺泊 養泉寺

養泉寺は文禄3(1594)年、信濃国(長野県)水内郡長沼村の歓喜踊躍山浄興寺の僧浄明が開いたお寺です。宗派は真宗大谷派。山号は光澤山。「つやさん」と読みます。


by yosenji
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山門掲示板(平成30年12月)

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先日、私と同い年の御住職とやり取りした時に、この言葉を聞きました。
この言葉は安田理深先生の言葉です。
その御住職は法務に育児に忙しい毎日を送っていますが、その生活の中だからこそこの言葉が響き、この言葉をテーマにお話されたそうです。

そのままに受け取ってしまうと、反感を買いそうな言葉でもあります。
「暇を持て余している方が怠けているんじゃないの?」
「私は毎日忙しく働いているのになぜ怠けているの?」
そんな感想も聞こえてきそうです。
しかしこの言葉はそういうことを言っているのではないようです。

「忙しい」という言葉は、「心」を「亡くしている」と書きます。
心を無くしている、であれば、また見つかる可能性がありますが、亡くしたものはもう見つかりません。
「忙しい」と呟く背景には、自分の人生を見失って生きているという事実があります。
自分が何者なのか、なぜ生まれてきて、なぜ生きているのか。
一番しなければいけないこと、持って生まれた宿題があるはずだ、ということを、この言葉は教えてくれているのではないでしょうか。

「忙しいからお参りなんか行けねいね!」
「今忙しいから手が離せないて!」
一年を通して何度聞いたことでしょう。
また自分も何度同じ様に言っていたことでしょう。

お寺は忙しくない時に行く場所ではありません。
忙しいからこそ、そんな自分を問いに行く場所です。
他人に語りかけながら、自分に問いながら、新しい年を迎えたいと思う今日この頃です。

光弥書。

by yosenji | 2018-12-01 01:00 | 言葉にふれる | Comments(0)