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寺泊 養泉寺

養泉寺は文禄3(1594)年、信濃国(長野県)水内郡長沼村の歓喜踊躍山浄興寺の僧浄明が開いたお寺です。宗派は真宗大谷派。山号は光澤山。「つやさん」と読みます。


by yosenji
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6月のお講(平成30年) レポート

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6月28日(木)。
6月のお講(28日講)が勤まりました。

当番の皆さんを中心に、皆さんでワイワイと楽しく過ごしつつ、仏法を聴聞しました。
写真は住職作の指人形(10年前に10年後の自分を想定して作ったもの、つまり今)です。
あまりにも似ているため恐いです(笑)
今日の法話で久々に登場しました。
お参りの皆さんからも「似てる!」の声が上がっていました。

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お勝手の皆さんのお斎作りの風景。
数などを確認しながら、一つ一つメニューが完成していきます。
曲がった腰がまた、尊い姿です。

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お勝手の皆さんの作業が一段落してから、皆揃うのを待って本堂に集合します。
そして正信偈のお勤め、御書さまの拝読(住職)の後、当院と住職と30分ずつの法話です。

当院は、「訪い」をテーマに、いただき直すという生き方について話しました。
先日寺で開催した”夏の和カフェ”の際に同時開催したプチギャラリー”TOBURAI”。
昔の葬儀の写真の感想から、弔いという言葉に対する私たちの感覚を話しました。
さらに、浄土真宗の弔いとは、亡き人を「訪う」ことだということについて、先生から教えてもらったこと、御門徒さんから紹介してもらった詩などを採り上げながら、伝えたいことを伝えました。

法話で採り上げた詩を紹介したいと思います。

「あいたくて」

だれかに あいたくて
なにかに あいたくて
生まれてきた ――
そんな気がするのだけれど

それが だれなのか なになのか
あえるのは いつなのか ――
おつかいの とちゅうで
迷ってしまった子どもみたい
とほうに くれている

それでも 手のなかに
みえないことづけを
にぎりしめているような気がするから
それを手わたさなくちゃ
だから

あいたくて

工藤 直子


住職は、「忘れてしまう」ということをテーマに、「村の地蔵」という逸話を紹介してくれました。

「村の地蔵」

ある村に2人のお地蔵さまがおりました。
それは、きく地蔵ときかぬ地蔵。
きく地蔵は村から離れた山のてっぺんにおりますが、願い事を何でも聞く地蔵。
きかぬ地蔵は村のすぐ傍にありますが、何を願っても願い事をきかぬ地蔵です。

ある和尚様が言いました。
「わしは色々な村をこれまで見てきたが、参るなら”きかぬ地蔵”がいいぞ」と。
そんな忠告も聞かずに、ある人が痛い足を何とか引きずって山のてっぺんまで行ってきく地蔵に参りました。
「どうかこの足を治して下さい」
するとどうでしょう。
その人の足はすっかり良くなりました。

その噂は瞬く間に村中に広まりました。
噂は噂を呼び、きく地蔵には毎日長蛇の列。
「どうかうちのあばら家を立派にして下さい」
「どうか貧乏なこの私を、お金持ちにして下さい」
誰の願い事も悉く叶い、きく地蔵へは自然と道ができ、立派なのぼりまで立ちました。

しかしそのうち、妙な事が起こり始めました。
あの家も金持ち、この家も金持ち。
病人もいなければあばら家もない。
それが面白くなくなってきたのです。
村からは働く人が消え、皆が退屈になりました。
すると皆が、こんな事を願い始めたのです。

「あの家のばあちゃんを、以前の様に病気にして下さい」
「あの家をあばら家に戻して下さい」
「あの人を貧乏にして下さい」
誰もが「自分を一番にしたい」と願い始めたのです。

そのうち、その村は「近付くと不幸になる村」という噂になり、誰も近付かなくなりました。
それを見た和尚様が言いました。
「あれ程言ったではないか! 私の言ったことを忘れたのか! 参るのなら”きかぬ地蔵”と言ったのに!」

村人たちはやっと目が覚めました。
それから村人たちは、少しずつきかぬ地蔵に参る様になりました。
畑で採れた野菜を供え、野原で摘んだ花を生け、お参りする人が増え始めたのです。
そのうち村は元通りになりました。
願い事は叶いませんが、皆が働き、幸せな村を取り戻したのです。

法話の中で指人形が登場しました。
笑いもありつつ、人間の本性をうまく表した話だなぁと思いました。

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当番の皆さんが一生懸命に作ってくれたお斎のメニュー。
野菜たっぷりでボリュームもあって、とっても美味しくいただきました。

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お斎が終わる頃、先日の夏の和カフェで展示した昔の葬儀の写真を皆さんに見ていただいたり、そのことについて話す住職の話に耳を傾けたり、自由に過ごしました。
養泉寺の第15世住職の画も見ていただきました。

当番の皆さんは器の後片付け。
お参りの方はお茶を飲んでから各々解散していきました。

当番の皆さんは器の片付け後、しばらく寄り付きで談笑してから帰って行かれました。
「いつまでこうやって来られるか分からんて~」
「それはおらも一緒らこって~!」
一緒になって笑いつつ、一抹の寂しさも。

皆さんの人生や思いを訪い、まさにいただき直した一日でした。

7月は法友交流会から始まります。
受付は7月2日までです。
皆さんのご参加をお待ちしています。

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by yosenji | 2018-06-29 04:00 | 養泉寺の行事レポート | Comments(0)