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寺泊 養泉寺

養泉寺は文禄3(1594)年、信濃国(長野県)水内郡長沼村の歓喜踊躍山浄興寺の僧浄明が開いたお寺です。 宗派は真宗大谷派。山号は光澤山。「つやさん」と読みます。


by yosenji
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北広島市 無碍光寺御一行さま 養泉寺へ

10月21日(水)。
北海道北広島市の、真宗大谷派十方山無碍光寺御一行さま(計6名)が、養泉寺に立ち寄られました。

なぜ、北海道のお寺と繋がりがあるかというと、この無碍光寺の開基は、この養泉寺出身の方だからです。
そういった縁で、今回御友人の御夫婦二組と共に、新潟を旅する一環でこの養泉寺に立ち寄って下さったのです。

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2000年、この無碍光寺は開かれてから100年を迎えました。
その際のパンフレットの1ページに、歴史の一端と開基住職の写真を拝見する事が出来ます。

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養泉寺住職手作りの簡単な系図。
惠洞氏までの関係が見て分かるもので、皆さんに渡して喜んでいただきました。

開基住職の名前は、倉井惠洞。
現在の養泉寺住職を基準にすると、その祖父の叔父に当たる方です。
そう言われると、現住職と似ている気が…。
とにかく、この養泉寺から北海道へと渡り、一寺を建立したという事は事実です。

安政2年、惠洞氏は養泉寺衆徒として生を受けました。
沿革を見て分かる様に、惠洞氏は20歳にして渡道。
どの様な動機で渡道したのかは想像の域を出ませんが、よっぽどの開拓精神があった方であろうと思います。
その際、養泉寺の本堂を目に焼き付けて渡道し、そっくりの本堂を建立したというエピソードがあるという事です。
そういう所から、実家や地元に対する思いも相当強かったのだろうと思います。

それから、100年を超える歴史の中で、名字も変わり、今回来られた高瀨法輪氏で4代目になるそうです。
本当にどこでどの様に繋がっているか分からないものだなぁと、改めて思います。

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お昼前に皆さん到着。
ちょっとした談話を挟んだ後、本堂にてお勤めをして下さいました。
皆さんお寺さんなので、お勤めの大きな声が本堂に響き渡りました。

その後、家族が全員揃っていたので一人ずつ自己紹介。
また、高瀨さんたちからも自己紹介してもらいました。

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それから簡単に寺を案内。
本堂や客殿など、皆さん興味深そうに見てらっしゃいました。

その後、また楽しく談話して別れました(住職と坊守は夜には会食へと招待されて行って来ました)。
本当に皆さん気さくな方たちで、私は約一時間弱ご一緒にいただけですが、色々と話も出来て楽しかったです。

報恩講が近いという事から、三条教区第11組で作った報恩講カレンダーの事に話が及ぶと、興味を持って下さいました。
「参考に一部下さい!」と言われたので差し上げました(笑)

どこの都道府県でも「お寺あるある」はある様で、悩みも共有出来ます。
「おみがきのすぐ後で、綺麗な本堂にお迎え出来てほっとしてます」と住職が漏らすと、「同業者として良く分かります」と笑って下さいました。

無碍光寺さまをはじめ、皆さんには、貴重な旅の途中にお立ち寄りいただき、本当に感謝しています(北海道ならではのお土産も…ありがとうございました!!)。
また会える日を楽しみにしています。

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by yosenji | 2015-10-28 16:01 | 養泉寺の行事レポート | Comments(0)